04.02.28 先人
 三田喜太郎氏が逝去されました。有馬村と海老名村が合併して、海老名町と
なった当時の村議会議員(町議会議員)で、合併の立役者と言われる人。御子息
洋氏は海老名市議会の議長も勤められたこのまちの政界の重鎮で、お孫さんが
私の先輩。

 齢(よわい)90歳を過ぎてもかくしゃくとされていたその方は、私がご自宅を
訪ねたとき、「家の者はあいにく留守だが、まぁ上がって行きなさい。」と言
って自らお茶を入れ、「若いってのはいいなぁ。長田君。」と、かつての有馬
村と海老名村が合併したときの様子を、古い写真や資料を並べながら語って下
さったものです。
 御所見村(現在の藤沢市北部)や寒川などとの合併を模索する有馬村の中にあ
って「海老名の方が下駄の底が減らない。」との名言のもとに現在の海老名市
の原型を作られた人であるのです。

 井戸の水を飲む者はその井戸を掘った人に感謝せよ、と言いますが時は移っ
て平成の大合併が巷で盛んな今。私たちが成長著しい海老名の市民としてその
繁栄を享受できるのは、こうした先達の皆様の努力があってのことであり、そ
のことに感謝し、先人の遺徳を偲びたいと思います。
 
 04.02.27 焼却施設を視察
 地元町内会の皆さんと山梨県内にあるゴミ焼却施設の視察に来ています。ガ
ス化溶融炉という焼却炉ですが、最新技術による焼却施設で、まるでゴミを「
炭焼きで炭を作る」ように無酸素状態で蒸し焼きにし、炭のようにしてから焼
却するという技術。


 住民の皆さんも熱心です
 
 04.02.24 偏差値教育の罪過
 県立高校の入試が行われた。今年から導入されている前期試験と後期試験と
いう新しい制度に受験生とその家族の動揺が広がっている。
 以前にも書いたが前期試験とは生徒が思い思いの学校を受験して学力以外の
部活動や特技、生徒会での活動など、自分をアピールしてチャレンジする試験
と承知している。高校側は全募集人員の30%から50%の受験生をこの方法で合
格させなければならない。その理念はこれまでの偏差値教育に比べとてもすば
らしい取り組みであると私は思う。

 しかし、問題は起きた。県下でも有数の進学校である湘南高校ではこの前期
試験の選抜方法をほぼ学力のみとした。つまり中学校での内申点だけで選抜を
行ったのだ。その結果何が起きたかと言うと、近年行われている中学校での絶
対評価という評価の弱点をもろに露呈させてしまったのだ。絶対評価とは生徒
どうしを比較順位をつけて点数をつけるのではなく、教師の判断で生徒個人の
学力評価を決めるもので、極端な話だが、評価の甘い先生なら受け持つ生徒み
んなを上位にランクさせてしまうこともできる制度である。その結果今回の湘
南高校の選抜では評価の甘い先生がいた中学の生徒はたくさん合格して、厳し
い評価をする先生がいた中学の生徒は一人も受からないという現象が起きてし
まったのだ。(と、推察できる。)

 自分が県議会議員なら大いに問題提起をしたいところだが、今はそれもまま
ならない。問題はどこにあるかといえば、絶対評価にあるのではなく前期試験
にあるのでもない。内申点のみに依存して生徒の選抜を行った湘南高校の姿勢
にあるのだ。自らの生徒を自らの選考力やポリシーで選ぶ努力をせず、今神奈
川の教育が大きく変わろうとしていることに歩調を合わせる努力もせず、偏差
値の高い子どもだけを集めようとした高校側の姿勢が大問題なのだ。我々は税
金を使って県立の進学塾を作ったのわけではないのに。

 神奈川の中学校では、学力偏差ばかりににとらわれない目で教師が生徒を見
つめ評価し、生徒は自らの個性を伸ばしそれが評価をされる。そして神奈川の
高校は各々のより良い学校づくりを目指して自らの目で生徒を選び、受け入れ
一層その個性を伸ばしていき、それがひいては高校の個性と魅力へと昇華して
いく。そんな高邁な理想を私は今の神奈川の教育に求めたい。その取り組みは
すでに始まろうとしているのに、最も聡明なはずの優秀高がそれを理解できて
いないというのは、まさにこれまでの偏差値教育の罪過と言えるのではないか。

 自分が県議会議員なら大いに問題提起をしたいところだが、今はそれがまま
ならない。  悔しい。
 
 04.02.22 混迷する県議会
 松沢知事の委員会ボイコット問題をめぐって県議会が混迷している・・・そ
うだ。県知事の政治活動について調査する98条委員会は松沢知事が東京の狛江
市に住んでいながら住民登録だけを川崎市内に置き、選挙に立候補するなど、
政治活動を行っていたのは法的に問題がある。という趣旨の調査と思うが、そ
の実態はあくまでも“政争”であると理解している。で、あるがゆえに、突っ
張ってみせたかと思うと簡単に謝罪してしまう知事の姿は実に滑稽というか、
情けなくも見える。このままでは「神奈川のパフォーマンス知事」というレッ
テルを貼られかねまい。

 さて、長野のこれまたパフォーマンシーな知事が何と言う村だか忘れたが、
行政的に良い取り組みをしている村であることを理由にその村に住民票を移し
て住民税を払うという行動に出た。マンネリ化、均質化した自治体行政に競争
意識を持たせたいという知事の発想から出た行動と思われるが、実際に住んで
いながら住民税を払ってもらえない長野市はこれに怒り、あくまでも田中知事
に住民税を請求する構えだ。これは当然のこと。住民票がどうあれ実際に住ん
で様々な行政サービスを享受しているのだから税金を課せられても仕方あるま
い。

 一方松沢さん。家族ともども狛江市に住んでいたのは事実のようであるから、
住民票は川崎といっても狛江市から住民税を請求されてもおかしくは無い。も
しそうなったらこの問題は大きなものに発展しかねない。

 しかし、東京の石原都知事は神奈川の逗子市に住んでいながらそのことは少
しも問題にならない。都道府県知事は別段その都道府県に住んでいなければい
けないという規定は無いから当然かもしれないが、要は変に言い訳したり繕っ
たり作為しない態度が周囲を納得させているということではないのか。
 
 政治の要諦とはそんなところにもあるのではないだろうか。
 
 04.02.20 ブロードバンド
 我が家もついにケーブルテレビに接続いたしました。どのチャンネルを開い
ても何人かのお笑いタレントに占領され、次々に意味の無い笑いを続けるばか
りの従来のテレビ番組に飽き飽きしていたこともありますが、うちの子どもた
ちもそろそろインターネットやEメールなどパソコンに慣れさせなければいけな
いと思い、テレビと同時にパソコンもインターネットに常時接続できるように
したかったのです。

 思えば18年前、私が二十歳のとき、一ヶ月ほどアメリカ大陸を旅したとき、
この大国のテレビチャンネルの多さに驚いたもの。聞けばケーブルテレビが普
及し始めているという。あれから18年たってようやく我が家もあのころのアメ
リカに追いついたってこと?  当時、映画のトップガンとマドンナの歌がヒッ
トしてたなぁ。

 そんなわけで、ここ数日パソコンを入れ替えたり各種の設定を変更したりで
日記の更新が遅れていました。もうしわけありません。
 
 04.02.19  余波
 今日私が勤めている保育園に市役所から電話がありました。
「そちらの園では何か動物を飼っていますか?」
「はぁ・・金魚とカニです。」
「きんぎょとかに?・・・・いやそれならいいんですが鳥は飼っていませんよね。」
「ええ、給料とりなら20羽ほどいますが、、、、なんちゃって。」
 どうも役所との会話に慣れてしまっているせいか、つい緊張感を失ってしま
う悪いクセの自分である。冗談を叱られましたが、鳥インフルエンザの余波が
身近なところまでやってきました。
 
 04.02.17  村の警察
 先日は警察組織の腐敗について書きましたが、今日はその逆。じつは先日仕事
で清川村のとある福祉施設を訪問したときのこと、職員室の掲示板を見て私は感
心してしまいました。そこには地元の駐在所のおまわりさんが、毎月手書きで発
行している広報紙が貼ってあったのです。村の全世帯に配られているB4版の広報
には絵が得意というおまわりさんが描いたイラストと、村の事件簿と題して、「
おれおれ詐欺発生!」「神社の賽銭泥棒逮捕!前科九犯○○さんお手柄」「栗泥棒二
名検挙、共に高齢の女性、最初一名が否認、後日呼び出し追及するとすなおに認
め謝罪した。」など、身近な話題が並んでいます。その他「ストーカー、悩まず
にご相談を!」とか「不審だな?と思ったら110番か私に電話下さい。」などまるで
まだ見ぬおまわりさんの優しい顔が見えてくるような紙面です。



 こんな広報を毎月読めて、顔の見えるおまわりさんに守られている清川村の人
たちが非常にうらやましく思えました。こんなふうに市民と触れ合う最前線で頑
張っている警察官もいると思うとなおさらのこと組織の腐敗や政治の遅滞を憂えず
にはいられません。みなさん、自分のまちの警察官の顔、知ってますか?

     
 04.02.15 趣味・日曜大工
 今日は私の工房を大公開!
趣味人のサークル"トン・チン・カン・倶楽部"結成か!?




     
 04.02.13 赤っ恥
 とあるお店で「おっ、これなかなかいいなぁ。」と皮のベルトを手に、わり
と安かったし、時間もなかったのでそのままレジへ向かった私です。
「お包みしますか?」とおねえさん。
「あ・・・はぁ。」と私。
 ちょいと時間が経って
「お待たせしました。」
 なんと真っ赤な包みに金色のリボン??????   なんじゃこりゃ???

 ふと周りを見回すと、バレンタインデーのプレゼントコーナーだったんです
ね、その売り場。
 おねぇさん俺のこと・・・・どう思ったんだろ?
     
 04.02.12 求む添削
 いや実にいいかげんな性格丸出しである。精魂込めて書く毎日の日記だが、
書き終わるとパタパタっとアップロードしてかえりみない私。たまに過去の日
記を読んで思うのはその誤字脱字の多いこと。書いたその場ではなかなか本人
には見つけにくいものなですが実に恥ずかしい。特にひらがな入力という時代
錯誤的な入力法を操る自分の場合、叩くキーの数が多い分だけミスも多いらし
い。皆さんも「なんだこりゃ(笑)」と思いながら読んでるでしょ?頼みます
よぉ、そういう時はご私的のメールを下さい!??? お願いです。
     
 04.02.11 警察権力
 北海道警察に端を発した警察による公金の裏金作りや架空捜査のでっち上げ、
ヤクザと絡んで情報をつかむための“S”と呼ばれるスパイの存在。拳銃の押
収実績を作るためにわざわざ拳銃を買い入れていたとか。外国人に金を払って
やってもいない事件の犯人になってもらったとか・・・etc・・・
 にわかに信じがたい話だが、かつての警察幹部が自ら法廷で証言している上
に問題が発覚してから拳銃の押収数が激減している実態などから判断すればど
うやらいいかげんな話でもないらしい。さらにこういった警察組織の腐敗は道
警だけにとどまらず全国の警察で同じようなことが行なわれていると報じられ
ている。と、いうよりさすがのマスコミも警察権力は恐いとみえてほとんど報
道しない。

 私だって、決しておとなしくはない男の子として38年生きて来ましたから、
警察のお世話になるような、いわばスネに傷が無いわでもない。まして選挙で
身を立てる者、より効果的な選挙運動はより選挙違反に近いのも一つの側面で
あり、正直に言えばこんなことを書いて警察に睨まれたりはしたくない。
 しかし、一連の警察腐敗が事実であるならば、これは法治国家というものを
根本から否定する大問題ではないのか?最近では警察署に堂々と銃弾が撃ち込
まれたり、交番に空き巣が入るなど警察権力を嘲笑するような事件が発生して
いるが、こういったことも決して特別な事件ではない、という常態になってし
まうであろう。その先に見えるのは、つまり“無政府常態”ということだ。
 
 国家的な問題ではあるが、さし当たっては警察組織を所管する都道府県が取
り組むべき課題である。神奈川県警に限ってそのようなことは無いと信じるが
県政を目指す自分にとっては重大な関心事でもある。
 宮城県の浅野知事は警察の公金管理について監査のメスを入れようと試みた
が、警察側は捜査上の秘密保持を理由にこれを拒んでいる。つまり警察権力に
対する政治のシビリアンコントロール(文民統制)も効かない常態に陥ってい
るということではないのか。
     
 04.02.10 さつき会
 元の海老名市議会議員、市長、助役、収入役と現職の市議会議員、市長、助
役、収入役、県議会議員。
 以上の人たちをメンバーにした会、「さつき会」。今日はその会の懇親会。
いわば海老名の政治銘柄が一同に集う社交の場です。
 政治のアブラが抜けきってしまわないように、こういった場には積極的に参
加をさせて頂き諸先輩の皆さんの薫陶を頂くのも私の仕事です。

 政治の世界はビジネスにあらず、足し算掛け算で数字が増えるとは限らない。
引き算割り算で数字が減るとも限らない。自信をもってやりなさい。

 含蓄のあるお言葉を頂戴致しました。

     
 04.02.09 先輩
 以前の日記にも書きましたが、私を政治の世界に引っ張り込んだ、大学時代
のバンカラな先輩は今、国務大臣の秘書をしていらっしゃいます。四国のある
まちで県議選に二度立候補して惜敗した経験もあるその先輩は、私にとって人
生の師です。

「先輩、落選の四年間てどう過ごしたらいいのか、分かりません。」
 と久しぶりに一杯やりながらこぼした自分に先輩は言いました。
「飄々(ひょうひょう)と生きるしかないさ。」
 それと
「選挙を戦った相手の人に会ったら自分からあいさつをしなさい。」

 とかく上下関係を嫌う風潮のある昨今ですが、いくつになっても先輩と呼べ
る人がいるってことの喜びを感じずにはいられません。
 先輩は私の胸ポケットに一万円札をねじ込んで
「子どもに何か買ってやれ。」
 と言いました。
 昨年暮れのできごとです。
     
 04.02.07 吉野屋ピンチと対米感情・2
 牛丼のことは色々と書きたいところですが、それよりも今回のBSE並びに
鳥インフルエンザに対する農水省の対応の速さと毅然とした態度には共感を覚
えます。国内BSE問題などこれまでの行政の対応とは違うぞ、と感じません
か?
 これから先、わが国が“全頭検査と同等の検査”を要求している米国との関
係は相当厳しいものがあると思われます。大統領選挙も控え、輸出圧力を強め
るであろう米国の大国主義に対してわが国が毅然とした態度を保てるか?まし
てイラク派兵が行なわれている中で“米国追従”という非難も背景にあり、今
サイレントマジョリティー(もの言わぬ大衆)は現在の日本政府の態度を支持
しているのではないか?
 牛丼が食べられなくなることはもとより食肉の価格が上昇する中で辛い痛み
はあるけれど、私はここ一番は政府に毅然とした態度を保って欲しいし、その
ための痛みなら我慢もしようと思います。その間、せめて吉野家にはカレー丼
を食べに足を運ぼうと。思うのです。

その他関連した雑感

・全頭検査と危険部位の除去という、とてつもなく困難な安全体制を実施でき
 た日本の生産、流通業界の努力と偉業は改めて評価されるべき。
・日本の畜農家の皆さん、今がチャンス。安全で美味しい国産食肉の復活を。
・政府はこの教訓を活かして食料自給率改善に向けて欲しい。
・他のどの店にも出せないあの吉野家の牛丼の味。牛丼以外のメニューを入れ
 ず、かたくなに牛丼一本で勝負してきたその態度。そしてその味は米国産牛
 肉だから出せた味だそうだが、その味を守るためにこの危機にあたってもな
 お他国産牛肉を使わず壊滅的な打撃を覚悟しても味を守ろうとしている吉野
 家の姿勢に改めて感嘆。

     
 04.02.05 吉野屋ピンチと対米感情
 とっても下世話な話ですが、なぜ?ってやっぱり学生時代の経験でしょうね
ぇ。吉野家の牛丼が好きなのは。私。四年の学生生活のうち親元にほとんど寄
り付かなかずにチンピラのような生活をしていた私はいつも金がなくて、吉牛
といえばもう格別なディナーというか、本当に美味いと思ったものです。
 (丸の内線の茗荷谷駅前の吉牛と言えば実家の食卓より懐かしい!)
 
 その牛丼が食えなくなるという。まさにとんでもない事態が身に迫っている
昨今。バカな私が考えることといえば、「今のうちに食っておこう!」なんと
浅はかで意地汚い男かと自分を情けなく思うが、あのオレンヂ色の看板が目に
留まるとだめなんです。で、米国でのBSE騒動からこっち4回も吉牛に足を
運んでいる私です。

 さて、前回国内で発生したBSE騒動とは打って変わって今回は駆け込み需
要が発生しているという牛丼業界。アホな私ですが、分かる気がします。でも
その一方で食肉価格の高騰など消費生活を圧迫している米国産牛肉の輸入禁止
措置だが、国民世論からは思ったほどの反発は無い。もちろん食の安全に対す
る意識の高まりということであろうが、それと同時に相手が米国であるだけに
その圧力に屈したくない、という国民感情がその背景にあるのでは?
 牛丼ファンの私としては複雑な心境なのです。

     
 04.02.03 鬼の事務長就任
 インフルエンザが猛威をふるい始めたようです。実は私今年の一月から勤務
が替わり、同じ社会福祉法人が経営する保育園の事務長に着任しております。
児童福祉の分野を学ばせて頂くためですが、「じむちょーせんせぇ〜」なんて、
子どもたちから呼ばれてるんですよ。(#^.^#) 

 で、我が保育園でもインフルエンザに罹患する子が出始め、職員の中にも感
染が出始めたので今日、緊急の職員会議を召集し、私の主導でインフルエンザ
撲滅作戦に乗り出しました。何しろ死や脳障害の危険まである法定伝染病です。
まして保育士がその感染源になって子どもたちを苦しめるようなことになって
は大変です。
 今日から全職員にマスク着用を義務付け、全ての保育室にうがい薬と手の消
毒薬を配備、うがいとこまめな手洗いを義務付けてチェック表に記入して管理。
インフルエンザにかかった職員は病院の治癒証明を提出しなければ出勤させな
い。などがその内容。

 「この季節にインフルエンザにかかるような保育士は失格だ!」なんて檄を
飛ばしたのだが、職員からは強面(こわもて)の鬼事務長がやってきた!と恐
れられているようです。

 で、これはホントに鬼になった写真。

 今日は節分!
     
 04.02.01 落ち武者の戯言(ざれごと)
 二月になりました。再起の日を思えば一日千秋の思いであり、一方で煩雑な
日々に目を転ずればその月日の過ぎ行くことの早さに感嘆する。実に複雑な心
境です。
 
 もうあの敗選から一年近くが過ぎようとしているのに、この日記に多くの方
が注目して頂いて、それは本当にありがたい限りです。感謝の思いの一方で、
「こんな落ち武者の戯言のような駄文をどうして・・・・」と思ったりもする
のです。

 最近、思うことがあります。
 それは「書くことで救いを求めている自分」ということ。欺瞞や方便に満ち
た政治の世界で胸を傷めることも少なくはありません。また自分の嘘に片目を
瞑ることもあります。そんな日々の中で私はこうしてその思いを書くことによ
って救われようとしている。皆さんに対して、自分に対して。
 悪く言えばそれは言い訳であり、粉飾であり、自慰的な行為でもある。もち
ろん良く言えば、それはそれでそれなりの評価はあるのだろうけれど。
 私は確実に書くことで何かに対して、だれかに対して救いを求め、救われて
いる気がします。お許しを。
     
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